嬉しい歌――長谷川麟『延長戦』5首評

歌会でたいへんお世話になった長谷川麟くんの歌集『延長戦』(現代短歌社)が出た。良い歌がたくさんあるが、ここでは読んで特に嬉しかった歌を紹介したい。 猫ひろう、ようにあたたかい朝だった 慣れた手つきで巻くたまごやき この上なく幸福な朝の感触がこ…

す、すきとおる、さらに――相子智恵『呼応』五句評

すすきとるさらにあかるき薄とる 風邪薬甘きを飲みつ飲まされたし 初雀来てをり君も来ればよし ロールケーキ切ればのの字やうららなる 砂払ふ浮輪の中の鈴の音 /相子智恵『呼応』 すすきとるさらにあかるき薄とる 一句目、秋のひかりにすきとおるすすきをと…

いわば雨の子――芳賀博子『髷を切る』五句評

欠けてから毎日触れるガラス猫俗にいう世界に一つだけの花一年をかけて一年が終わるまだ雪がちょっと残っている男最後には雨の力で産みました /芳賀博子『髷を切る』 一句目、欠けてからより頻繁に触れるようになったということ、と思うと、深い慈しみを感…

白鳥の肯定――堀田季何『人類の午後』五句評

蠅打つや自他の區別を失ひて 刎ねられし蛇いまだ指咬む力 向日葵や人撃つときは後ろから 生贄を使ひ切つたる旱かな 首振つて白鳥闇を受容れぬ /堀田季何『人類の午後』 ※原文の「受」の字は少し違います。 一句目、蠅に苦戦する様子がとても滑稽に表現され…

コンテンツ

見たくなかった臓器 見たかった臓器なんてない 色を言いたくない 不健康 校則に反してる グローバルにはウケる? いやいや アップロードされて みんな無料で吐く ぐったりしたからって 勝手に寝るな 無料で添い寝するな 良質なサービスには相応の対価を支払…

この夜に冷えピタが――平出奔/田中はる『夜のでかい川』4+5首評

中学の同級生をひとり思い出してください。 ……そいつさえいなければ、でしたか? 誰よりも考えているこの夜に冷えピタが必要だったのか 対岸に誰かの炊いた米がある米は勝手に炊からないから 二月尽 風が強くて「かぜつよ」とツイートするときもう止んでいる…

頓狂二〇二一

少なくともわたしは同意していない バカ花火 容易に想像できる 素っ頓狂にすっとんきょうと呼ばれ 沸き上がったときの勢いで 国ごと吹き飛んでいくのだ どんな気持ちで? ユリ おまえに口づけるとき 何千何万と死ぬのだ 傾いてかたむいて 正気を保てない も…

離れる音にいる――岡田幸生『句集 無伴奏』七句評

きょうは顔も休みだ おつりのコインがひえている 夕日の出して見せたような鷲だった 各駅停車だから見える質屋だ つめたい手紙がよく燃えている 爪を切った指が長い 王冠と瓶の離れる音にいる /岡田幸生『句集 無伴奏』 きょうは顔も休みだ きょうは休日で…

ブランドものの破壊力とばあちゃんの思い出――雪舟えま『たんぽるぽる』十首評

タカハシの天体望遠鏡みたいおまえのふとももは世界一 逢えばくるうこころ逢わなければくるうこころ愛に友だちはいない 玄関の鉢に五匹のめだかいてひろい範囲がゆるされている 信号が果てまでぱーっと青くなりアスリートだと思い出す夜 どこでそんな服をみ…

句集にたどり着くこと――川合大祐『スロー・リバー』十句評

二億年後の夕焼けに立つのび太 この列は島耕作の社葬だな プラモデルパーツの夏目漱石や 黄が白を差別せぬよう卵混ぜ 世界からサランラップが剝がせない 生涯をかけて醬油を拭き取ろう 四コマの承のところでわからない ヤバイってみんな言ってる光あれ 随分…

戸塚伸也作品の可能性 ~絵画と題名の関係に着目して~

戸塚伸也作品においては、しばしば、題名と絵とはストレートに対応していない。より正確に言えば、題名の言葉がふつう喚起する概念・イメージと、名付けられている絵に描かれているものとが、何らかのかたちでずれている場合が多い。(以下、Webサイトに掲載…

鉄骨

かたちあるものすべて滅びるので テトリス テトリス 鉄骨が落ちてきて 君が消えた日は 祝日だった それでも地球は運動をやめなかった 今日は太陽が近いね 肌が焼けるかすかな匂いと 芳醇な茸の香りと 街は生気に満ちている けど 閉店した美容院の鏡に映る君…

肉、ひかりのなかへ(短歌50首)

レントゲン写真はいたく清冽でこんな言葉が欲しいと思う 白い朝とろりと光るぬるま湯で儀式のように薬剤を飲む 新しいペンを下さい新しい空を下さいさらさらのやつ 太陽光電池で動く腕時計高くないけど世界に見せる すき焼きを毎日やろうなんて言う君が好き…

おすすめ本10冊

・中原中也『中原中也詩集』(岩波文庫) 一つのメルヘン 秋の夜は、はるかの彼方に、 小石ばかりの、河原があつて、 それに陽は、さらさらと さらさらと射してゐるのでありました。 陽といつても、まるで珪石か何かのやうで、 非常な個体の粉末のやうで、 …

メルロ=ポンティにおける呼吸の哲学――『眼と精神』を中心に

本稿では、哲学者モーリス・メルロ=ポンティ(Maurice Merleau-Ponty, 1908~1961)の身体‐絵画論をおもに「呼吸」に着目して読み解く。彼は身体論と絵画論をオーバーラップさせた特異な著書『眼と精神』(L’Œil et l’esprit, 1961)で、次のように述べている。 …

茶をすする

香車の周りを跳ねる動物たち おかしくなった心臓からのエール ぼくたちはもうがんばることができないのだろうか 大切な感情をケミカルに抑えて 社会の端っこでうずくまるぼくら 苦いつらみの茶をすする 毛糸をたどるリスのまばたきを見ながら トラは光ってい…

外出

包囲され 密封されていた 真空の膜を突き破り ぼくはペケーッと外に出た Suicaってピッて便利だね イェーイ湘南新宿ライン 流れる夕暮れ液 子どもはいつでも打楽器奏者 Suicaってピッて便利だねピッて ソリッドなハチ公尻目に レッツ・スクランブル交差 交錯…

朝の

何色の朝が激痛をもたらす すっぴんがウーパールーパー 許された食卓で 今はヨーグルトをいっぱい口に含むの 何して暮らそう あと半世紀 私の執事はどこへ 秘書はどこへ行ってしまったのか 窓から入って来る車 の走行音を聞いて過ごす 何味だったガム 「死」…

春、手近な森へ

春 壊滅 オレンジジュースの割腹自殺 話すことに嫌気が差し 牛がパンケーキになり 聴くことに倦み 豚がアップルパイになり 読むこともままならず 鶏がチュロスになり 観ることもわずらわしく 死んだ顔で甘いものばかり食べ スマホを取ったり投げたりする 鉄…

ゲームキューブハンマー

限界まで注いだカーテンを弾丸が撃ち抜く。ひりひりする傷口を優しく撫でると清新な葡萄の香りがして、まだ死にたくないと思う。しかし終わりが近づく。ひえーという間抜けな悲鳴とともに、飴のシャッターが下りる。なんでこんなことするんだっ なんでだっ …

石牟礼道子『苦海浄土 わが水俣病』紹介

新装版 苦海浄土 (講談社文庫) 作者: 石牟礼道子 出版社/メーカー: 講談社 発売日: 2004/07/15 メディア: 文庫 購入: 9人 クリック: 175回 この商品を含むブログ (60件) を見る 石牟礼道子『苦海浄土 わが水俣病』(1969年)は、近代化と水俣病によって崩壊・…