句集にたどり着くこと――川合大祐『スロー・リバー』十句評

二億年後の夕焼けに立つのび太

この列は島耕作の社葬だな

プラモデルパーツの夏目漱石

黄が白を差別せぬよう卵混ぜ

世界からサランラップが剝がせない

生涯をかけて醬油を拭き取ろう

四コマの承のところでわからない

ヤバイってみんな言ってる光あれ

随分と弁当的な遺書である

東京に全員着いたことがない

/川合大祐『スロー・リバー』

 

川合大祐さんの川柳に関して言われたことでは、樋口由紀子さんがライブ川柳句会0015 | 毎週web句会で川合さんの提出された句「二月以後裸婦の細胞分裂し」を評して「おいしい言葉、いかにも何かありそうな言葉が並んでいるんだけれども全部が借り物っぽく、空洞的な感じがした」という旨のことを述べられていたのが印象に残っており、私も川合さんの毎日ツイートされる句を読んで、その半数ほどに対して似たようなことを思ってきた。そのため句集に手が出てこなかったのだが、先日ご本人がツイキャスで、上にも挙げたのび太句や漱石句を紹介されていて、これは読まなければと思い、ようやくこの第一句集『スロー・リバー』を入手、読んでみればご覧のように面白い句がたくさん見つかった。

確かに、

二億年後の夕焼けに立つのび太

のような句には問題の借り物っぽさを指摘できなくもないが、おいしさが勝っているという感じがする。『ドラえもん』から借りられてきたのび太が途方もない未来の夕焼けに立たされて、なんだか面白くなっているし、最終回の切なさのようなものも感じる。そしてスケールが大きい。

世界からサランラップが剝がせない 

の句も、「世界」というバカでかい言葉を使っているが、そこにしれっとサランラップを被せておいて、それを剝がそうとしているがうまくいかないという状況を描くことで、世界を身近で感覚的なものとしてうまく手繰り寄せていると思う。

固有名詞を利用した句では、

この列は島耕作の社葬だな

プラモデルパーツの夏目漱石

も良い。喪服の長い列を見て島耕作の社葬だなと言っている。面白い。本当に島耕作の社葬なら、どこまで出世した時点で亡くなったかによって列の長さが変わってきそうだ。夏目漱石をプラモデルパーツにするという発想はヤバい。漱石は俳句を作っていたし、最後の「や」は詠嘆だろうと思う。漱石さんよ、プラモデルパーツになってしまったんだね。並列と取っても面白く、そうすると同じくプラモデルパーツと化した芥川龍之介太宰治が並んで、組み立てると文豪ロボット的なものができるのだろうと思う。弱そう。

黄が白を差別せぬよう卵混ぜ

は、川柳らしい良い川柳だなあと思う。黄、白、差別と来れば、白人がアジア人を差別する構図が思い浮かぶわけだが、ここでは卵の黄身が白身を差別するという力関係を提示し(なるほど黄身のほうが卵の本質を担っていて偉そうだ)、しかもそれを壊して見せている。鮮やかな手並みだ。逆に、卵を混ぜるという動作から考えると、そこに黄身が白身を差別しないようにという意味付けをすることの異様さが際立ってくる。

卵かけご飯の流れのようだが、

生涯をかけて醬油を拭き取ろう

も面白かった。生涯をかけて拭き取るくらいの量の醬油がある。ボトルをぶちまけたのだろうか。それにしても多すぎるのだ。生涯と来たので遺書の句、

随分と弁当的な遺書である

も良いと思った。「弁当的な」が素晴らしい。弁当と遺書が離れすぎるくらい離れている気がするのだが、「随分と」と「的な」で不思議と調整されているような感じがする。遺書が弁当で明るくなっていて、暗さも調節されていると言える。明るさで言えば、

ヤバイってみんな言ってる光あれ

も面白かった。「光あれ」は聖書から持ってきていると思うが、「ヤバイってみんな言ってる/光あれ」、と区切って読むこともできるし、「ヤバイってみんな言ってる光」あれ、とつなげて読むこともできる。前者はさらに二通りに読めて、みんながヤバイヤバイ言っている状況で何者か(神?)が「光あれ」と言い放っているとも取れるし、「光あれ」ってヤバイよねとみんなが言っているとも取れる。つなげて読むと、「ヤバイってみんな言ってる光」って何だよという話になる。閃光弾の発する強烈な光だろうか。

さてこの原稿も終盤だが、

四コマの承のところでわからない

も良い味を出している。四コマ漫画はそれぞれのコマが順番に起承転結の役割を担うことが基本とされる形式であるわけだが、おそらくその二コマ目、つまり一コマ目で生起した物事が自然に展開していくはずの「承」のところですでにわからなくなっている。そうなったらもう「転」も「結」もわかるわけがない。五里霧中である。

闇雲に適当な構成で書いてきたが、いよいよ最後の句にたどり着く。

東京に全員着いたことがない

何名かわからないが、たぶんそれなりの人数で出発するのだが、東京に着くまでに必ず誰かしか脱落してしまう。シンプルながらとても笑える。本稿はここまでで2000字とまあまあ長いが、脱落者が出ないことを祈っている。ここまで読んでくれたあなたには感謝を申し上げる。

しかしゴールはここではない。多くの読者は句集というものを、とくに川柳句集というものを手にしたことがないだろう。ぜひ句集までたどり着いてほしいと思う。句歴が短く僭越ながら、私からはこの句集のほかに『広瀬ちえみ集』『樋口由紀子集』『石部明集』を薦めておきたい。最近出版された川柳のアンソロジーには『金曜日の川柳』『はじめまして現代川柳』がある。

 

追記(2021.4.18):この度、川合さんの第二句集『リバー・ワールド』が上梓された。さっそく拝読したが本当に素晴らしい句集で、強くおすすめできる。これについてもどこかで何か書きたいと思う。

 

川柳句集 スロー・リバー

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  • 作者:川合大祐
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

 

リバー・ワールド

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  • 作者:川合大祐
  • 発売日: 2021/04/11
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  • 作者:樋口由紀子
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